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ボリビアのサルテーニャ:朝食文化に根ざした歴史と独特の製法

Tags: サルテーニャ, ボリビア, ストリートフード, 焼き菓子, ラテンアメリカ

ボリビアの朝を彩るジューシーな焼き菓子、サルテーニャ

ボリビアを訪れると、朝の街角やカフェで多くの人々が独特の形の焼き菓子を手にしている姿を目にします。それがサルテーニャです。少し大きめの、紡錘形をした美しい焼き色のついたこのパイは、ボリビアの国民的な朝食あるいは午前中の軽食として広く愛されています。サルテーニャの最大の特徴は、中にたっぷりと詰まった具材から溢れ出す、熱々の「ジュース」と呼ばれるスープです。このジューシーな餡を、破れることのない生地の中に閉じ込める独特の製法が、サルテーニャを唯一無二の存在にしています。単なる美味しい焼き菓子というだけでなく、サルテーニャはボリビアの歴史、文化、そして人々の生活に深く根差した存在です。

歴史に刻まれたサルテーニャの起源

サルテーニャの正確な起源については諸説ありますが、最も広く語られるのはその名称にまつわる話です。一説によると、19世紀初頭、アルゼンチンのサルタ出身のある女性が、内戦を逃れてボリビア南部のスクレに移住し、故郷のレシピを元に現在のサルテーニャの原型となるパイを作り始めたといわれています。彼女の作ったパイがあまりに評判になったため、「サルタ出身の女性(La Salteña)のパイ」と呼ばれるようになり、それが定着したというものです。

サルテーニャは、スペイン植民地時代から存在するエンパナーダと呼ばれる詰め物パイの一種と関連が深いと考えられています。しかし、ボリビアのサルテーニャは、他のラテンアメリカ諸国のエンパナーダとは一線を画す特徴を持っています。特に、中の具材にゼラチンや寒天を加えて冷やし固め、焼く際に溶け出す「ジュース」を生み出す製法は、ボリビア独自のものとされています。この製法が、後のサルテーニャの決定的な特徴となりました。

朝食文化とサルテーニャ

ボリビアでは、サルテーニャは主に午前中に食されるものです。多くのサルテニエリア(サルテーニャ専門店)は午前中に開店し、午後の早い時間には売り切れて閉店します。これは、中のジューシーな餡が高温で提供されることが一般的であり、冷めてしまうと美味しさが損なわれるため、作り置きをせず午前中に集中して販売するという食文化に根差しています。

サルテーニャは、学校の休み時間、会社の休憩時間、あるいは週末の朝に家族や友人と共にカフェで楽しむなど、ボリビアの人々の日常の様々な場面に登場します。一つ食べれば十分な満足感があり、手軽に栄養を摂取できることから、忙しい朝のエネルギー源としても重宝されています。サルテーニャを片手に談笑する光景は、ボリビアの街角ではごくありふれた日常の一コマです。

独特の製法:生地、餡、そして「ジュース」の秘密

サルテーニャの製法は、シンプルに見えて非常に繊細な技術が求められます。

生地: サルテーニャの生地は、小麦粉、バター(またはラード)、砂糖、塩、そして特徴的な黄色い色を出すためのアナトー(アチオテ)やサフランなどが使われます。少し甘みがあり、厚みがありながらも柔らかく、焼いても中のジューシーな餡をしっかりと受け止める強度が必要です。練り加減や発酵の度合いが重要となります。

具材(レジェーノ): 中の具材は、通常、牛肉または鶏肉を小さく切ったもの、ジャガイモ、エンドウ豆、オリーブ、細かく刻んだ茹で卵、そしてサルテーニャの特徴である甘みと風味を加えるレーズンなどが一般的です。これらの具材を、パプリカやクミン、アヒ(唐辛子)などのスパイスで味付けし、スープ状にします。

「ジュース」の秘密と包み方: サルテーニャ製法最大の肝は、この具材のスープを焼いても流れ出さないようにすること、そして食べる時に熱々の液体に戻すことです。これを実現するために、スープが熱いうちにゼラチンや寒天を加え、一度冷やして全体を固めます。この固まった具材を冷たい生地で包み、独特の美しい編み込み(スペイン語でrepulgueと呼ばれる縁の閉じ方)や、しっかりと押さえるようにして完全に閉じます。この閉じ方が甘いと、焼いている間に中のジュースが漏れ出してしまいます。

焼き方: 包んだサルテーニャは、非常に高温のオーブンで短時間で焼き上げます。高温で素早く焼くことにより、生地はしっかりと焼き色がつきますが、中の固まった餡は熱で溶け出し、再び熱々のジューシーなスープに戻るという仕組みです。焼きすぎると生地が硬くなり、焼きが甘いと中の餡が完全に液体に戻らないため、温度管理と焼き時間の見極めは職人の腕の見せ所です。

作り手のこだわりと技術の継承

サルテーニャを作る人々、サルテニエラたちは、早朝から生地を練り、具材を準備し、一つ一つ手作業でサルテーニャを包みます。彼らの技術は、長年の経験と研鑽によって培われたものです。生地の状態、具材の煮込み加減、ゼラチンの量、包み方の精度、そしてオーブンの温度と焼き時間など、全ての工程に彼らのこだわりと熟練の技が詰まっています。家族経営で代々その技術を受け継いでいる店も多く、それぞれの店が独自のレシピや秘伝のスパイスを持っていることも珍しくありません。彼らは、単にサルテーニャを作るだけでなく、ボリビアの食文化と伝統を守り、次世代に繋いでいく役割も担っています。

地域ごとの多様性

ボリビア国内でも、地域によってサルテーニャには様々なバリエーションがあります。例えば、ラパスのサルテーニャはやや甘みが強く、スクレのサルテーニャは比較的マイルドな味付け、コチャバンバのサルテーニャはよりスパイシーであるといった傾向が見られます。また、具材のカットの大きさや、使用するアヒの種類、レーズンの有無なども地域によって異なります。これらの違いは、その土地の歴史や食習慣、利用可能な食材など、それぞれの地域文化を反映したものです。

ボリビアの魂が詰まった一品

サルテーニャは、単に空腹を満たすための食べ物ではありません。それはボリビアの歴史を物語り、人々の日常に寄り添い、家族や友人との絆を深める役割を果たしています。独特の製法によって生み出される熱々のジューシーさは、サルテニエラの熟練した技術と情熱の結晶です。ボリビアを訪れる機会があれば、ぜひこの「流れ出るスープ」の秘密をその舌で確かめ、サルテーニャが持つ深い文化とその背景にある人々の物語を感じていただきたいと思います。